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基礎から学習・テニスでGO!

錦織 圭選手の試合観ました?それがきっかけでテニスを始めたのですが、なんせ初心者なので何から手をつけたらいいのかわからないのが現状。ラケット、服装、靴・・・リストバンドもしたほうがいいのかな?
まず何から始めたらよいのか、そして、今活躍集のテニスプレーヤーは誰なのか、私のテニス魂の火を絶やさないようにサイトに明記していきます。
(テニスを始めてわかったのですが、私、松岡修造さんも好きなんですよね(*・_・*)えへ。松岡修造さんのことも書いていますよ。)
部活動でしかテニスをやったことなかったから(しかも軟式)、目指すはエア・ケイ!上手にできるまで頑張るぞ!

テニスの歴史

複数の人間が1つの球を互いに打ち合うという形態の球技の起源は、紀元前にまで遡ることが出来る。エジプトでは宗教的な行為のひとつとしてこのような球技が行われていた。紀元前15世紀の壁画で球を打ち合う球技を行う人々の姿が描かれたものが発見されている。

エジプトに存在したこの球技は、古代ローマ帝国にもレクリエーションの1種類として引き継がれたが、現在のテニスの直接の祖先に当たる球技は、8世紀ごろにフランスで発生し、当初はスール(soule < ケルト語 hehaul 「太陽」より。ボールを太陽に見立てたもの)[1]、フランス貴族の遊戯として定着をはじめた16世紀以降には「jeu de paume」(「掌の遊戯」の意)と呼ばれた。

フランスでこの球技が盛んになった理由としては、ローマ時代の直接の影響よりも、8世紀から11世紀まで、イベリア半島から南フランスまで進出していたイスラム教徒(ウマイヤ朝)が、エジプト時代と同様に、宗教的行為として行っていたものに、キリスト教の僧侶が興味を持ち模倣したことからはじまったと言われている。(「ラケット」の語源がアラビア語であることに注意されたい。フランスの僧院で特に盛んに行われるようになったのは、イスラム勢力がヨーロッパから駆逐された12世紀ごろ以降からとされる。)

現代のローンテニスに対して、初期のテニスは普通単に「テニス」と呼ぶ。「テニス」の名称は攻守交代の際のサーバーの掛け声である「トゥネ!」(仏: Tenez! 、動詞 tenir の命令形で「(球を落とさないように)取ってみろ」の意)にちなむ。基本的なルールやスコアリング方式はローンテニスと似ている部分もあり、ファイブズ (fives)、ペロタ (Pelota) などのハンドボールから発達した。

昔のテニスのコートは僧院にあり、四方を壁と傾斜した天井に囲まれていて、現代のローンテニスのコートより大きかった。18世紀から19世紀にかけてヨーロッパの貴族の間で大流行し、多くのコートが建造されたが、現存するものは少ない。イギリスでは復元されたコートがクリフトン大学にある。近代における貴族階級の遊戯としてのテニスは、イギリスではロイヤル・テニス (Royal Tennis 、「王家のテニス」の意)、アメリカではコート・テニス (Court Tennis 、「宮廷のテニス」の意) とも呼んでいる。

中世では、現代とはやや形状が異なるラケット、あるいは掌でボールを打ち合っていた。手袋を使うこともある。Jeu de paumeの「paume」とは掌を意味する。ボールは固形物(石等)を芯に糸をぐるぐる巻き、皮で被ったもので現代のものよりはるかに重く、弾力性は少ない。サーブは一方の側からのみ行われ、傾斜した屋根を転がるように打ち上げる。レシーブ側のプレイヤーは、落ちてきたボールが二度バウンドする前に打ち返す。失敗したプレイヤーはポイントを失う。ゲームの最初の第一球の打ち込みが「サーブ」と呼ばれるのは、中世においては、レシーバーにあたる人間の従者が第一球を屋根に打ち上げる役目を行っていたことに起源がある(従者「サーバント」が主人に対して行う行為は「サービス」)。14世紀には現在のラケットの原型が登場した。これはまだガットは張られておらず、ガットが張られるようになったのは16世紀になってからである。また、この初期のラケットは選手が自作していたそうである。

現代の多くのスポーツとは異なり、ローンテニスの歴史はごく浅い。1873年12月、ウォルター・クロプトン・ウィングフィールド少佐が考案した「スフェリスティキ(sphairistike 、ギリシア語:σφαιριστικ 、「球戯術」の意。略してスティッキ[sticky])」がその原型。現在の社会体育、生涯スポーツの概念の先駆けとなる発想で、ラケット、ネット等をセットで商品化し、芝生の上なら何処でも楽しめる「持ち運びのできるテニス」などともいわれた。ボールは中空のゴムボール(軟式テニスボールと同様なもの)を採用し、当初は現在のように硬質のフェルトで覆われていなかった。

ウイングフィールド少佐の考案したテニスのコートは、中心部分が細くなっている蝶ネクタイ型をしていた。1874年、ウイングフィールド少佐はテニスに商用としての可能性を見て特許を取得したが、商業的には成功しなかった。ウイングフィールド少佐は特許の期限切れにともなう再申請をおこなっていない。しかし、イギリスやアメリカで有閑階級を中心に急速に広まった。アメリカではニューヨークのスタッテン島、メアリー・ユーイング・アウターブリッジの家で最初にプレイされた。

中空のゴムボールでは芝生上でしばしば不安定なバウンドをみせることがあり、フェルトを巻いたものも考案された。その二種のボールはながらく併用されていたが、やがてフェルトカバーボールが主流となっていく。

1877年、イギリスのロンドンでアマチュアの大会として第1回目のウィンブルドン選手権が開催された。アメリカでは1881年に設立されたアメリカ国立ローンテニス協会(現在のアメリカ・テニス協会)が、ルールを標準化し、かつ競技を組織化した。同年、「全米シングルス選手権」(最初の名称:U.S. National Singles Championship)の第1回大会がアメリカ・ロードアイランド州ニューポートで開催され、1887年には「全米女子シングルス選手権」 (U.S. Women's National Singles Championship) が始まった。これらのアメリカでの大会群は現在の全米オープンの原型である。1900年には男子国別対抗戦であるデビスカップがナショナルチームの間で始まった。

日本のテニス界

日本へのローンテニスの伝播については諸説あり、1878年にアメリカのリーランドが文部省の体操伝習所で紹介したという説がある。ソフトテニスの発祥については、明治期の日本で調達が困難であったローンテニス用具を安価な代用品で賄ったのが起源とされている。これがやがて軟式テニスと呼ばれる様になり、今日に至るまで独自の発展を遂げた。この軟式テニスで育った熊谷一弥、清水善造、佐藤次郎らが硬式テニスに転向し、欧州、米国に転戦し始める。彼らはその独特のテニス(軟式テニスで培われたドライブ)で活躍し、日本テニス黄金時代を築いた。清水は1920年のウィンブルドン選手権「チャレンジ・ラウンド」で決勝に進出し、世界1位に君臨していたビル・チルデンに肉薄した。また、その年に開催された第7回オリンピックにおいて日本がシングルス、ダブルスともに銀メダルを獲得し、オリンピックで初めての日本のメダルとなった。熊谷は主に米国で活躍し、クレーコートで無類の強さを発揮した。佐藤は当時の世界ランキングで3位まで昇りつめたが、1934年4月に遠征中にマラッカ海峡で投身自殺をする。1970年代には日本でもプロ選手が登場、そのプロ第1号(戦後初のトーナメントプロ)である神和住純(父が軟式テニスの全日本チャンピオン、本人も軟式出身)が世界を転戦する。神和住は主に「WCTサーキット」で活躍し、当時のトップ選手だったスタン・スミスを2度破るなどの活躍を見せた。1995年には松岡修造がウィンブルドン選手権男子シングルスでベスト8を獲得した。それ以後、日本の男子選手で世界トップレベルに近づいた選手は少ないが、2008年に錦織圭が18歳で日本人最年少ツアー優勝を果たして全米オープンでも4回戦に進出、世界ランキング100位以内に入った。

女子では1975年のウィンブルドン選手権女子ダブルスで、沢松和子とアン清村のペアが初優勝した。1980年代から90年代には井上悦子や1989年にプロ転向した伊達公子が活躍した。伊達は日本人の女子テニス選手として初の世界ランキングトップ10選手となった。同時期には沢松奈生子、雉子牟田直子、長塚京子、神尾米、遠藤愛、佐伯美穂、吉田友佳、杉山愛等が世界ランキングトップ100入りする。1996年、伊達が現役引退を表明する。1997年には平木理化が全仏オープン混合ダブルスで優勝した。2004年2月、杉山が世界ランキング8位を記録し、日本人女子として2人目のトップ10入りを果たした。2006年には浅越しのぶが引退、2009年には杉山、森上亜希子が引退を表明している。その後は中村藍子、森田あゆみなどが現役としてプレーしている。

JTAランキング 男子シングルス: 2012年01月度

順位 氏名 所属 ランク 都道府県 トータルポイント 試合数 トーナメントポイント ATPポイント
1 錦織 圭 プロ・フリー プロ 東京都 505,500 19 1,500 504,000
2 添田 豪 プロ・空旅ドットコム プロ 神奈川県 189,000 19 1,500 187,500
3 伊藤 竜馬 プロ・北日本物産 プロ 東京都 175,480 20 10,180 165,300
4 杉田 祐一 プロ・三菱電機 プロ 東京都 82,660 20 1,960 80,700
5 守屋 宏紀 プロ・北日本物産 プロ 東京都 54,800 20 12,500 42,300
6 三橋 淳 プロ・北日本物産 プロ 神奈川県 33,600 18 0 33,600
7 松井 俊英 プロ・ライフ・エヌ・ピー プロ 千葉県 28,880 20 7,580 21,300
8 内山 靖崇 プロ・北日本物産 プロ 北海道 28,040 20 3,140 24,900
9 近藤 大生 プロ・アイシン精機 プロ 愛知県 22,000 19 3,100 18,900
10 小ノ澤 新 プロ・北日本物産 プロ 埼玉県 21,960 19 1,860 20,100
11 竹内 研人 プロ・北日本物産 プロ 京都府 19,300 19 3,100 16,200
12 仁木 拓人 プロ・エキスパートパワーシズオカ プロ 兵庫県 18,560 20 3,860 14,700
13 鈴木 貴男 プロ・イカイ プロ 東京都 14,940 11 3,240 11,700
14 江原 弘泰 プロ・日清紡ホールディングス プロ 埼玉県 13,024 18 1,024 12,000
15 宮 雅俊 プロ・ライフ・エヌ・ピー プロ 東京都 10,648 13 9,748 900
16 田川 翔太 早稲田大学 アマ 東京都 8,169 10 6,369 1,800
17 綿貫 裕介 プロ・ライフ・エヌ・ピー プロ 埼玉県 7,635 14 6,435 1,200
18 関口 周一 プロ・三菱電機 プロ 神奈川県 7,300 20 1,900 5,400
19 マーク ニールセン プロ・イカイ プロ 静岡県 6,600 8 6,600 0
20 佐藤 文平 プロ・橋本総業 プロ 東京都 6,560 18 1,160 5,400
21 伊藤 潤 早稲田大学 アマ 東京都 5,800 8 2,200 3,600
22 權 伍喜 プロ・イカイ プロ 大阪府 5,080 8 2,080 3,000
23 井藤 祐一 プロ・ライフ・エヌ・ピー プロ 大阪府 5,060 20 2,360 2,700
24 片山 翔 早稲田大学 アマ 東京都 4,749 6 2,049 2,700
25 福田 勝志 プロ・ASIA PARTNERSHIP FUND プロ 大阪府 4,745 20 4,745 0
26 栗林 聡真 清風高校 アマ 大阪府 4,712 16 4,712 0
27 菊池 玄吾 プロ・ブリヂストンテニスハウス プロ 埼玉県 4,663 15 4,063 600
28 吉備 雄也 プロ・イカイ プロ 大阪府 4,344 14 3,444 900
29 畠中 将人 プロ・ライフ・エヌ・ピー プロ 岐阜県 4,217 13 3,917 300
30 小山 慶大 プロ・フリー プロ 東京都 4,182 16 3,582 600
31 喜多 文明 プロ・エキスパートパワーシズオカ プロ 埼玉県 4,164 17 3,564 600
32 小山 裕史 プロ・TTC プロ 千葉県 4,147 20 4,147 0
33 松尾 友貴 プロ・ライフ・エヌ・ピー プロ 埼玉県 3,996 16 2,796 1,200
34 藤井 信太 プロ・イカイ プロ 埼玉県 3,960 18 2,460 1,500
35 李 在紋 土浦市テニス協会 アマ 茨城県 3,860 9 2,660 1,200
36 佐藤 博康 プロ・フリー プロ 東京都 3,777 16 3,777 0
37 斉藤 秀 プロ・荏原SSC プロ 神奈川県 3,631 10 3,331 300
38 湯原 雅人 Fテニス アマ 埼玉県 3,374 20 3,374 0
39 西岡 良仁 ニックインドアテニスカレッジ アマ 三重県 3,300 4 0 3,300
40 一藤木 貴大 プロ・たちかわジュニアテニスアカデミー プロ 神奈川県 3,299 16 3,299 0
41 ロンギ 正幸 たちかわジュニアテニスアカデミー アマ 東京都 3,071 16 3,071 0
42 遠藤 豪 早稲田大学 アマ 東京都 2,928 10 2,628 300
43 今井 慎太郎 荏原SSC アマ 神奈川県 2,781 11 2,781 0
44 渡辺 輝史 専修大学 アマ 東京都 2,514 14 1,914 600
45 上原 伊織 甲南大学 アマ 兵庫県 2,506 16 2,506 0
46 鵜飼 元一 恵那峡テニスクラブ アマ 岐阜県 2,491 20 2,491 0
47 比嘉 明人 プロ・テニスユニバース プロ 東京都 2,479 16 2,479 0
48 有本 尚紀 プロ・フリー プロ 愛知県 2,425 16 2,425 0
49 蜂谷 翔希 プロ・志津テニスクラブ プロ 千葉県 2,306 20 2,306 0
50 佐野 紘一 早稲田大学 アマ 東京都 2,161 18 2,161 0